軽度知的障害的生き方

20代軽度知的障害の男のブログです。

【体験談】発達障害の僕が中学時代不登校になった話前編

 

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僕は中学2年生と3年生のとき不登校でした

小学校のとき親の奨めでテニススクールに通っていて

 

当時塾に通っていたので中学に上がると値上がりするので経済的な理由で

通っていたテニススクールを辞めさせられた。

 

僕はそれでもテニスを続けたいと思ったので地元で唯一硬式テニス部がある

公立中学に進学したいと思った、そうしたらテニスを続けられると考えたから

 

ただその中学に進学するとなると僕の家からは学区外なので、小学校の頃の友達と

同じ中学に進学することはできなくなる。

 

それでも僕はテニスをしたいという意思が強くてその中学を選んだ。

入学してからは友達が居ないので、コミュニケーションが苦手なくせに必死に

 

発達障害の人はコミュニケーション取るのが苦手だからね)

色んな人に声をかけて無理やり友達を作ろうとした

 

ときには「なんだこいつ気持ち悪い」と変な目で見られたり

直接「あまり話しかけるな」みたいなことも言われた気がする覚えているぞK君(笑)

 

部活も頑張った、地元で唯一の硬式テニス部がある学校だったので地域で強い奴が

集まってくる。

 

学校も強い奴をさらに強くして有名になりたいのか、やっぱり強い奴だけ優遇して

練習させる、強い奴は我が物顔でコートを占領する

 

今まで通っていた有料のテニススクールとは違いここは公立中学のテニス部なんだ

仕方ないと当時割り切った。

 

テニスが好きだったけど強いわけではなかった僕は、ひたすら体力作りをさせられた

具体的にはランニングだったり筋トレだった。

 

テニス部のくせにラケットを握らない日もあったくらいだ。

運動が苦手で体力が無かった僕もそんな厳しいメニューに耐えた。

 

その厳しい部活で体力的にかなり消耗してる状態での塾が待っている。

僕は頭が良くなかったので必死に勉強しなくてはと思って小学生の頃から通っていました。

 

部活が夕方の6時に終わって、教科書の入ったパンパンで重たいリュックを背負って

30分かけて帰宅すると

 

塾の送迎を利用していたので6時半には送迎が来る、本当に帰宅したら着替えて支度して塾の送迎に向かう感じだった。

 

帰宅するのは10時頃、夕食を食べて入浴して明日の学校の準備をしたら1時間経ってる

寝るのは11時で朝練もあるので6時には起きる。

 

そんな生活を半年くらい続けていたらとうとう体を壊した。

足元がフラフラして体がだるい、倒れてしまった。

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熱を測ると39°の熱が市立病院に行くとマイコプラズマ肺炎と診断され

そのまま入院することになった。。。

 

 

長くなるので続きはまた次回

 

またね。

 

後編書きました

betakun.hatenablog.jp